最後に商店街周辺の路地を歩いてみます。まずは商店街に並行する南側の路地から。

上写真の「焼肉と食事の店」。廃業されて随分経つようです。内側に掛けられた「定休日」のプレートが虚しい…

路地を奥へ進むと、「料理店」の円形プレートが残る建物がちらほら見られるようになります。
この界隈はかつて芸妓さんの置屋が軒を連ねていたようです。その名残りで、小さな料理店が結構残っています。

薄暗くクルマも入って来れない路地に並ぶ料理店。昭和30年代後半の資料によると、商店街付近には「住吉」「泉寮」「永楽寮」「登喜和」「つるみ寮」「清住寮」「末広寮」「立花寮」「叶家」「小金屋寮」「稲穂寮」「鈴森川」「七福」「喜久吉」の14軒の置屋に加え、豊川市の芸妓組合もこの付近にあったようです。
きっと豊川稲荷の参拝客で賑わったのでしょうね。

商店街北側の路地にもわずかながら小料理店や旅館の跡が見られ、「花街」の面影を感じられます。私的には商店街より、この界隈の方が楽しめました。

小料理店の入口に張られていたプレート。

路地の中の1軒。こちらも以前は商売をされていたのでしょう。玄関の上に看板を掲げていた枠が残っていました。

実はこの後、豊川稲荷の周辺をあてもなくぐるりと廻ってみたのですが、これといって見るべきものはなく…
そして豊川には銭湯が残っていないそうなので、名古屋に戻って湯に浸かることにしました。

帰りの飯田線の電車は、1両編成。そういえば飯田線に乗るのもかれこれ25年振り。
前回は高校生のときの貧乏旅行でした。新宿から登山客に混じって中央本線の夜行列車に乗り、辰野からは飯田線。湘南電車のお古に乗って、途中何度も長時間停車して、7時間以上掛かって豊橋に着いたような…。懐かしい想い出です。

豊川編はこれでおしまいです。おつき合いいただき、ありがとうございました。
PHOTO:Ricoh GR-digital+GW-1 2006/07/29
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- 2006/11/03(金) 04:07:10|
- 愛知県豊川市
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豊川稲荷の方向へと向かって歩きます。
観光案内所から稲荷までの間の町並みは、「なつかし青春商店街」と銘打たれ、レトロな雰囲気を演出しています。「キンチョール」「オロナミンC」などの看板を掲出するなどして「懐かしさ」を出しているのですが、どうも私は「造られた感」が気になって…

商店街中程にある「純喫茶」。子どもの頃よく見かけたガラスの模様が気になって、一枚。

稲荷側のアーチ。歩いていたら、向かい合わせに店を構える食堂のおばさんから揃って客引きをされました。こんなところで、客引きに会うとは…うーむ。

商店街からは何本かの路地が延びているので、そちらにも足を伸ばしてみましょう。
商店街のように「演出された」レトロ店鋪はここくらいで、こちらの方が私的にはイイ感じです。

こちらは一枚目の付近から分岐する路地。ぐーっと回り込む道に沿って建つ商店に惹かれます。

上の路地の先。パーマ屋さんの隣の店名も出ていないはきもの店のおばあちゃんに「今日は暑なったねえ」と声を掛けられました。

次回は、豊川編最終回、商店街付近の路地を歩きます。

PHOTO:Ricoh GR-digital+GW-1 2006/07/29
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- 2006/11/01(水) 23:26:35|
- 愛知県豊川市
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「圓福荘」を後にして、次は豊川稲荷前の商店街の方へと歩いてみます。
こちらはJR飯田線の踏切脇で盛業中の小さな模型屋さん。学校の近くにこんな店あったなあ。

線路を渡って右に折れると、懐かしい感覚の商店街が続きます。

地方都市の商店街の例に漏れず、カーテンが閉められた店鋪が多いですね。

お米屋さんの前には、これまた懐かしい感じの自転車が駐輪中。

右に折れた交差点まで戻り、改めて真直ぐ進んでいくと、「圓福荘」の前に訪れた観光案内所のある辺りに出ます。こちらは昔の雰囲気をよく残したバー。ただし、「ブラックニッカ」の看板は後付けでしょう。

次回は豊川稲荷前の商店街を歩きます。

PHOTO:Ricoh GR-digital+GW-1 2006/07/29
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- 2006/10/31(火) 23:59:54|
- 愛知県豊川市
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歩き回って発見した「圓福荘」跡、実は前回掲載したスナックらしき建物から100メートルくらいしか離れていない位置。違う方向へ、えらく無駄に歩いてしまいましたが、見つけることができて「まあ、いいか」と思えてしまいます。
「圓福荘」はおそらくこの「コ」の字形の一角がそうだったのでしょう。それほど大きな規模ではなかったようです。こちらは「旅館」の看板がありますが、営業されているのでしょうか。
帰ってから「iタウンページ」で調べてみましたが、掲載がありませんでした。

建物正面に立つ柱。かつての紅灯が取り付けられていたのでしょうか。「圓福荘」の文字がしっかり。これにはびっくり。

玄関で目に付くのは、くりぬかれた側窓。引き戸のレール部もタイルが貼られていますね。それにしても、鮮やかな朱色です。

裏はトタンが張られている上、コンクリートの塀で隠れてしまっているので、正面のようなインパクトはありません。

周辺は当時の建物が老朽して取り壊されたのでしょう、更地や建ってから間がない民家が多く見られます。「数年前に訪れていれば…」と思わせます。
その中で残っていたもう1軒。上の旅館から数十メートル進んだ向かい側です。

建物全景。アルミサッシへの改変がされており、旅館より落ち着いた佇まい。

この建物の前にも、「圓福荘」の柱がしっかり残っています。昔は各家の前にこの柱があったのでしょうか。さぞ壮観な光景だっただろうと、頭の中で思い浮かべました。

紅く塗られた玄関前と、建物のすそに施されたタイルの細工。

残るのはこの2軒のみですが、探し回った甲斐がありました。
次回は豊川稲荷方面へと向かいます。

PHOTO:Ricoh GR-digital+GW-1 2006/07/29
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- 2006/10/29(日) 11:42:40|
- 愛知県豊川市
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今年は梅雨が例年より長引き、すっきりしない日が続きましたが、7月も末になってやっと夏らしい日がやってきました。
今回電車を乗り継いでやってきたのは豊橋の北に位置する豊川の町です。
この豊川にやってきた大きな理由は、かつてあった色里の跡を見ること。しかし、今回もその場所がはっきり判っていません。
まずは駅近くの観光案内所で伺ってみたのですが、何分昔のことなので、全く情報がない…

何とか自力で探すことにしましょう。手掛かりといえば、以前「名古屋路地裏」OFF会のときに伺った「駅前ではなく、駅裏の外れの方にある」ということと、色里の名前が「圓福荘」ということ。そしてある小学校の学区に「円福」の名称が残っていることのみ。なんとか歩いて見つけたいと思います。
まず駅裏で目に付くのは、大きな新しい市営駐車場。周りも区画整理されたのか、新しい建物が目立ちます。
古い建物といえば駐車場の向かいにぽつんと建つこの旅館くらいでしょうか。…ちょっと不安になってきました。

目星を付けた「円福」学区も、大体の位置しかわからずなかなか見つけることができません。その中でひとつ気になったのが、おそらくスナックと思われるこの建物。

近くには砂利道の左右に木造の家が並ぶ一角があったりして。うーん、ここらへんなのか?と思ったのですが、確証を得られず、もう少し先に進んでみることに。

1kmくらい先まで足を伸ばしましたが、全くそれらしい景色に行き当たらず。あきらめて駅の方へ戻る途中見つけたのが、この理容店。うーん、シブイ。

ああ、空振りだったか…とあきらめかけたそのとき、上の理容店の次の筋で目に飛び込んで来たのが、↓の旅館。
見つけました!!

というワケで、次回は「圓福荘」。
PHOTO:Ricoh GR-digital+GW-1 2006/07/29
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- 2006/10/27(金) 23:28:50|
- 愛知県豊川市
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